天草再び
2010年4月15日(木)
★東横イン幸島公園(熊本)出発 9:49(0km)
↓
★天草松島展望所着 11:34(62.3km) 出発 12:34
↓
★天草四郎メモリアルホール着 12:49(70.3km)
写真はすべてクリックすると拡大します。
写真1.天草松島展望所 写真2.天草四郎メモリアルホール 写真3.天草四郎石像
写真1. 「天草松島」は国立公園であり、天草随一の景勝地といわれています。
宮城県の松島・長崎県の九十九島と並んで「日本三大松島」の一つに数えられています。 天草松島は、美しい夕陽でも知られており「日本の夕陽百選」にも選ばれています。 以前来た時は、夏だったが、今回は春のせいか、明るい感じでした。
写真2. 天草四郎メモリアルホールは以前に来た時とは全然違ってきれいになったように思う。建て替えられたのかと思ったが、わからない。
天草・島原の農民がキリシタン弾圧と過酷な年貢のとりたてに蜂起し、天草四郎を中心に戦いをおこしたのが「天草・島原の戦い」。天草四郎と民衆の思いを現代に蘇らせることを目的に、戦いの歴史や関連資料を展示しているとのこと。
白亜のモダンな外観は、中世のポルトガルの建物と聖母マリアが白いベールを被った姿をイメージしているそうです。
写真3. 天草四郎は美少年ということだが、この石像はそれほどでもないようにも見える。そんなことはどうでも良いことだが。犠牲になった人々の悲しみもはるかかなたのような気がして、自由でいられる今に感謝である。
★天草四郎メモリアルホール 出発 13:58
↓
★道の駅不知火(しらぬい)着14:37(98.2km)
写真4.道の駅不知火(しらぬい)道しるべ 写真5.道の駅不知火 写真6.デコポン石像
写真4.5.熊本県不知火(しらぬい)町の道の駅は、新鮮な魚介類とあたたかな温泉が魅力。不知火温泉施設、レストラン、物産館などが並ぶステキな道の駅です。
以前来たときには無かった道の駅じゃないかと思います。とても新しいからです。
写真6.デコポンは、不知火生まれのちょっと変わった果物です。清見(きよみ)とポンカンの交配によって生まれた種のないみかん。強い甘みとほのかな酸味の絶妙なバランスが人気の秘密とか。 食べたことはあったけれど、不知火でできたみかんとは知りませんでした。変な名前ですね。デコポンの石像まであるんですから、不知火町のデコポンにかける意気込みを感じますね。
2010年4月15日(木)
★東横イン幸島公園(熊本)出発 9:49(0km)
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★天草松島展望所着 11:34(62.3km) 出発 12:34
↓
★天草四郎メモリアルホール着 12:49(70.3km)
写真はすべてクリックすると拡大します。
写真1.天草松島展望所 写真2.天草四郎メモリアルホール 写真3.天草四郎石像
写真1. 「天草松島」は国立公園であり、天草随一の景勝地といわれています。
宮城県の松島・長崎県の九十九島と並んで「日本三大松島」の一つに数えられています。 天草松島は、美しい夕陽でも知られており「日本の夕陽百選」にも選ばれています。 以前来た時は、夏だったが、今回は春のせいか、明るい感じでした。
写真2. 天草四郎メモリアルホールは以前に来た時とは全然違ってきれいになったように思う。建て替えられたのかと思ったが、わからない。
天草・島原の農民がキリシタン弾圧と過酷な年貢のとりたてに蜂起し、天草四郎を中心に戦いをおこしたのが「天草・島原の戦い」。天草四郎と民衆の思いを現代に蘇らせることを目的に、戦いの歴史や関連資料を展示しているとのこと。
白亜のモダンな外観は、中世のポルトガルの建物と聖母マリアが白いベールを被った姿をイメージしているそうです。
写真3. 天草四郎は美少年ということだが、この石像はそれほどでもないようにも見える。そんなことはどうでも良いことだが。犠牲になった人々の悲しみもはるかかなたのような気がして、自由でいられる今に感謝である。
★天草四郎メモリアルホール 出発 13:58
↓
★道の駅不知火(しらぬい)着14:37(98.2km)
写真4.道の駅不知火(しらぬい)道しるべ 写真5.道の駅不知火 写真6.デコポン石像
写真4.5.熊本県不知火(しらぬい)町の道の駅は、新鮮な魚介類とあたたかな温泉が魅力。不知火温泉施設、レストラン、物産館などが並ぶステキな道の駅です。
以前来たときには無かった道の駅じゃないかと思います。とても新しいからです。
写真6.デコポンは、不知火生まれのちょっと変わった果物です。清見(きよみ)とポンカンの交配によって生まれた種のないみかん。強い甘みとほのかな酸味の絶妙なバランスが人気の秘密とか。 食べたことはあったけれど、不知火でできたみかんとは知りませんでした。変な名前ですね。デコポンの石像まであるんですから、不知火町のデコポンにかける意気込みを感じますね。
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日本100名城・・人吉城の相良清兵衛と弘前
2010年4月14日(水)
大崎鼻公園出発14:42(121.0km)
↓
人吉城跡着 15:57(181.0km)
写真はすべてクリックすると拡大します。
写真1.人吉城跡全景 写真2.歴史館 写真3.のぼり
写真1.人吉城跡全景
写真2.人吉城歴史館
この歴史館で、わが故郷弘前市と関係の深い、相良清兵衛(さがらせいべい)という人物のことを知り興味をもちました。
実家のある弘前市に『相良町』という場所があることを知りませんでした。
18歳で家を出たので、それまでは、家と学校の間を行き来しているだけでしたから
仕方ないでしょう。地図で調べたら、弘前市相良町は 弘前大学付属病院の建物と その両側の町でした。
そして、弘前大学医学部コミュケーションセンター隣の佐々木邸には、相良清兵衛が津軽藩主より拝領した梅の盆栽を庭に植えた梅の木があり、樹齢300年以上の名木で、弘前市の保存樹木第三号に指定されているのだそうです。
写真でみるとみごとな梅の花を咲かせています。(ブログ白いブランコより)
梅の花の季節に実家に寄って、その梅の花を是非見たいと思います。
写真4.人吉城跡の石垣1. 写真5.人吉城跡の石垣2. 写真6.人吉城跡の石垣3.
写真5.6.7.人吉城跡の石垣
みごとな石垣と建物に感激して、写真をたくさん撮りました。
桜の季節に是非もう一度来たいと思いました。
人吉城跡出発 17:03
↓
人吉IC入り口 17:09(183.8km)
↓
御船(みふね)IC出口 17:57(253.9km)高速代金1000円
↓
東横イン幸島公園(熊本)着 18:26(本日走行距離265.3km)
今回九州旅行走行距離2363.3km)
2010年4月14日(水)
大崎鼻公園出発14:42(121.0km)
↓
人吉城跡着 15:57(181.0km)
写真はすべてクリックすると拡大します。
写真1.人吉城跡全景 写真2.歴史館 写真3.のぼり
写真1.人吉城跡全景
人吉城(ひとよしじょう)は熊本県人吉市麓町にある平山城跡。相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年の長きにわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁であった。国の史跡に指定されている。(ウィキペディアより)
写真2.人吉城歴史館
この歴史館で、わが故郷弘前市と関係の深い、相良清兵衛(さがらせいべい)という人物のことを知り興味をもちました。
相良清兵衛とは、相良家に使えた重臣。 知略により相良家の存続の危機を救うなど、人吉藩の振興に尽くしましたが、晩年は藩政を私したとして津軽(現在の青森県)・弘前に遠流、お家は断絶となりました。 しかし教養があり文化人の清兵衛は津軽の人に慕われ、清兵衛が住んでいた所が、350年後の現在も 『相良町』(〒036-8211) と呼ばれています。 清兵衛は弘前で明暦元年(1655)に88歳で客死しています。
質素な写真室より
実家のある弘前市に『相良町』という場所があることを知りませんでした。
18歳で家を出たので、それまでは、家と学校の間を行き来しているだけでしたから
仕方ないでしょう。地図で調べたら、弘前市相良町は 弘前大学付属病院の建物と その両側の町でした。
そして、弘前大学医学部コミュケーションセンター隣の佐々木邸には、相良清兵衛が津軽藩主より拝領した梅の盆栽を庭に植えた梅の木があり、樹齢300年以上の名木で、弘前市の保存樹木第三号に指定されているのだそうです。
写真でみるとみごとな梅の花を咲かせています。(ブログ白いブランコより)
梅の花の季節に実家に寄って、その梅の花を是非見たいと思います。
写真4.人吉城跡の石垣1. 写真5.人吉城跡の石垣2. 写真6.人吉城跡の石垣3.
写真5.6.7.人吉城跡の石垣
みごとな石垣と建物に感激して、写真をたくさん撮りました。
桜の季節に是非もう一度来たいと思いました。
人吉城跡出発 17:03
↓
人吉IC入り口 17:09(183.8km)
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御船(みふね)IC出口 17:57(253.9km)高速代金1000円
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東横イン幸島公園(熊本)着 18:26(本日走行距離265.3km)
今回九州旅行走行距離2363.3km)
熊本県水俣、大崎鼻公園へ
2010年4月14日(水)
阿久根市のいけす十三(うに丼の店)出発12:51(83.8km)
↓
道の駅みなまた着13:44(115.4km)
写真はすべてクリックすると拡大します。
写真1.道の駅みなまた看板 写真2.道の駅みなまた全景 写真3.道の駅みなまたの対岸
写真1.写真2.道の駅みなまたはなかなかきれな道の駅でした。
写真3.道の駅みなまたの対岸にはこいのぼりがたくさん泳いでいて、ヨーコソミナマタへと歓迎の文字がかかれていて、つつじもきれいでした。
道の駅みなまた出発14:10
↓
大崎鼻公園着 14:25(121.0km)
写真1.大崎鼻公園感謝の碑 写真2.さくら名所100選の地 写真3.和田岬
写真1.御所浦町が平成12年に建てた金文字の「感謝の碑」。水俣から御所浦まで約12.8キロの海底送水管を敷設して、離島の水不足に友情の水を通水したという。それに対する御所浦の感謝なのだそうだ。御所浦は天草の島で、晴れた日にはここから島がみえるそうです。残念ながら今回は見えませんでしたが。
写真2.日本さくらの会が平成2年に建てた「さくら名所100選の地」の碑。ここは“水俣チェリーライン”というのだそうだ、桜が大好きな私は、次回はきっとこの桜を見に来ようと思う。
写真3.なかなかステキな岬です。次回はあの先端まで桜を見に行きましょう。
2010年4月14日(水)
阿久根市のいけす十三(うに丼の店)出発12:51(83.8km)
↓
道の駅みなまた着13:44(115.4km)
写真はすべてクリックすると拡大します。
写真1.道の駅みなまた看板 写真2.道の駅みなまた全景 写真3.道の駅みなまたの対岸
写真1.写真2.道の駅みなまたはなかなかきれな道の駅でした。
写真3.道の駅みなまたの対岸にはこいのぼりがたくさん泳いでいて、ヨーコソミナマタへと歓迎の文字がかかれていて、つつじもきれいでした。
道の駅みなまた出発14:10
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大崎鼻公園着 14:25(121.0km)
写真1.大崎鼻公園感謝の碑 写真2.さくら名所100選の地 写真3.和田岬
写真1.御所浦町が平成12年に建てた金文字の「感謝の碑」。水俣から御所浦まで約12.8キロの海底送水管を敷設して、離島の水不足に友情の水を通水したという。それに対する御所浦の感謝なのだそうだ。御所浦は天草の島で、晴れた日にはここから島がみえるそうです。残念ながら今回は見えませんでしたが。
写真2.日本さくらの会が平成2年に建てた「さくら名所100選の地」の碑。ここは“水俣チェリーライン”というのだそうだ、桜が大好きな私は、次回はきっとこの桜を見に来ようと思う。
写真3.なかなかステキな岬です。次回はあの先端まで桜を見に行きましょう。