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[ 2017/10/22 19:06 | ]
道の駅耶馬トピア・青の洞門
2010年4月5日(月)
耶馬渓橋(オランダ橋)を出発13:19して、一路青の洞門へ。
大分県中津市にある道の駅耶馬トピア・青の洞門着13:25(66.0km)。

駐車場のすぐそばに、青の洞門をノミと槌だけで彫ったという禅海和尚の像があり、大好きな桜の花がまだひっそりと咲き残っていた。

青の洞門の話は有名だが、ウキピィディアから抜粋要約しておく。

諸国遍歴の旅の途中ここに立ち寄った禅海和尚は、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所で通行人が命を落とすのを見て、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと、托鉢勧進によって資金を集め、石工たちを雇って「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」といわれている。

この逸話を元にして書かれたのが菊池寛の『恩讐の彼方に』である。

現在は、自動車を通過させるため(旧国道212号)、かなり変形しているが一部にノミの跡が残っている。地形の関係上車幅が狭く、片側交互通行が行われている。

開通後、禅海が通行人から通行料を徴収したという話が伝わっており、この洞門は日本最古の有料道路とも言われている。 1950 年(昭和25年)に耶馬日田英彦山国定公園に指定。晩秋の紅葉時期は特に観光客が多い。


禅海和尚の彫った旧道の一部が残っていて、中は暗いので写真は撮らなかったが、ノミの跡がしっかり残っていて、人間の力のすごさに感嘆した。

禅海和尚の像↓          横から見た像↓         禅海和尚が彫った旧道の一部↓
      
写真をクリックすると拡大します。

下の写真は競秀峰(きょうしゅうほう)という見事な景観だが、これが売りに出されていたのを嘆いた福沢諭吉の尽力で、保護されたとのこと。

競秀峰(きょうしゅうほう)の景観保護に尽くした福沢諭吉をたたえる石碑も建っていた。福沢旧邸保存会の記名があったので、近くに福沢諭吉の旧邸があるのだろう。

競秀峰(きょうしゅうほう)

写真をクリックして拡大してください

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[ 2010/06/01 14:16 | Comments(0) | TrackBack(0) | 旅日記 ]

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