東国原(ひがしこくばる)さんおいでかな
2010年4月8日(木)
宮崎県日向市日向岬のクルスの海出発12:35。道の駅日向着12:57(85.4km)。
道の駅日向ではおトイレだけお借りして、13:04出発。
途中宮崎市で宮崎県庁の前を通過。テレビで見たことのある建物の写真が撮れた。
車が多いので、なかなかうまく取れないのである。
県知事の東国原(ひがしこくばる)さんはおいでかなと思ったが、今回は県庁の中に入る時間がなく通過。
宮崎県庁↓
←写真クリックで拡大します
回転寿司スシロー着14:49(145.7km)。
今日はホテル泊だから夕食を気にせずおいしいものを食べようと探したが、結局回転寿司に。午後2時を過ぎてお腹がすいていたからおいしかった。
スシロー出発15:34。宮崎神宮着16:08(152.8km)。
宮崎神宮(みやざきじんぐう)は、宮崎県宮崎市神宮にあり、日本の初代天皇「神武天皇」をまつる神社である。前回と変わった様子もなく、古めかしい雰囲気の、いかにも神がおられる雰囲気であった。
宮崎神宮↓
←写真クリックで拡大します
宮崎神宮出発16:32。宮崎平和台公園着16:42(155.7km)。
宮崎平和台公園は宮崎市の北西部、標高60mの古墳台地に広がる県立公園で 眼下に市街や日向灘を見晴らす景勝地です。
高さ37mの公園のシンボル「平和の塔」は、フラワーガーデンに囲まれており、公園内には、はにわ園や二つの池、運動場などの施設が完備され、桜の木々も植えられていて、なかなか良い公園です。
でも、「平和の塔」に書かれていた文字も意味も、四隅に立っていた像が何を表しているのかも分かりませんでした。
帰宅してから調べてもいまだによく分かりません。
この平和の塔は、日本が戦争へ流れて行く中で、天皇の初代とされる神武天皇即位から数えて2,600年にあたる昭和15年に、国民意思の統合の為に作られたらしいです。(宮崎あっちこっちより)
平和の塔のことはわかりませんが埴輪(はにわ)はとてもかわいく、こころ癒されました。
平和台公園「平和の塔」↓ 埴輪(はにわ)↓
写真クリックで拡大します
平和台公園出発17:23。
東横イン宮崎中央通り着17:40(本日の走行距離159.9km)
4月3日からの走行距離1614.8km)
2010年4月8日(木)
宮崎県日向市日向岬のクルスの海出発12:35。道の駅日向着12:57(85.4km)。
道の駅日向ではおトイレだけお借りして、13:04出発。
途中宮崎市で宮崎県庁の前を通過。テレビで見たことのある建物の写真が撮れた。
車が多いので、なかなかうまく取れないのである。
県知事の東国原(ひがしこくばる)さんはおいでかなと思ったが、今回は県庁の中に入る時間がなく通過。
宮崎県庁↓
回転寿司スシロー着14:49(145.7km)。
今日はホテル泊だから夕食を気にせずおいしいものを食べようと探したが、結局回転寿司に。午後2時を過ぎてお腹がすいていたからおいしかった。
スシロー出発15:34。宮崎神宮着16:08(152.8km)。
宮崎神宮(みやざきじんぐう)は、宮崎県宮崎市神宮にあり、日本の初代天皇「神武天皇」をまつる神社である。前回と変わった様子もなく、古めかしい雰囲気の、いかにも神がおられる雰囲気であった。
宮崎神宮↓
宮崎神宮出発16:32。宮崎平和台公園着16:42(155.7km)。
宮崎平和台公園は宮崎市の北西部、標高60mの古墳台地に広がる県立公園で 眼下に市街や日向灘を見晴らす景勝地です。
高さ37mの公園のシンボル「平和の塔」は、フラワーガーデンに囲まれており、公園内には、はにわ園や二つの池、運動場などの施設が完備され、桜の木々も植えられていて、なかなか良い公園です。
でも、「平和の塔」に書かれていた文字も意味も、四隅に立っていた像が何を表しているのかも分かりませんでした。
帰宅してから調べてもいまだによく分かりません。
この平和の塔は、日本が戦争へ流れて行く中で、天皇の初代とされる神武天皇即位から数えて2,600年にあたる昭和15年に、国民意思の統合の為に作られたらしいです。(宮崎あっちこっちより)
平和の塔のことはわかりませんが埴輪(はにわ)はとてもかわいく、こころ癒されました。
平和台公園「平和の塔」↓ 埴輪(はにわ)↓
平和台公園出発17:23。
東横イン宮崎中央通り着17:40(本日の走行距離159.9km)
4月3日からの走行距離1614.8km)
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日本一が多い宮崎県
2010年4月8日(木)
宮崎県ホテル神州出発9:24(0km)、途中天翔大橋撮影、海の駅ほそしま着10:50(66.7km)
天翔大橋↓ 海の駅ほそしま↓

写真をクリックすると拡大します
天翔大橋はアーチ支間260m、橋長463.2mでコンクリートのアーチ橋としては日本一長い橋だそうです。一級河川五ヶ瀬川の水面から橋面までの高さも143mあり、これも日本一の高さとのこと。
強い風を利用して風力発電システムが設置してあり、その電力は歩道の照明に使われているというステキな橋です。
龍天橋、青雲橋とともに「日之影町日本一三大アーチ橋」となっているのだそうですが、知らなかったので、見に行きませんでした。残念。次回はきっと行こうと思いますぅ。
海の駅ほそしまを出発11:05日向岬・馬ケ背着11:15(71.1km)。
高さ日本一の柱状節理、「馬ヶ背」

写真をクリックすると拡大します
宮崎県日向市(ひゅうがし) 日向岬の柱状岩
細島の岬一帯を中心に柱状節理が南北20km、高さ30~70mで広がり、日本最大級の規模を誇ります。
形状は変化に富み、数々の岩種が見られますが、なかでも圧巻は日向灘の荒波で削り取られた4つの切れ込みのうちの、 先端から2番めにある、「馬ヶ背」の断崖絶壁です。
奥行き200m、幅10mの海水路の両側にそびえ立つ高さ70mの柱状節理が作り出す景色は、息を呑むものがあります。(宮崎あっちこっちより抜粋)
本当でした。柱状節理もみごとでしたが、落っこちそうで怖かったです。高さ日本一なんですから当然ですね。
馬が背の近くにクルスの海があると書いてあったので行って見ました。
馬が背出発12:20、クルスの海到着12:24。
クルスの海看板↓ クルスの海↓ 願いがかなう鐘↓
写真をクリックすると拡大します
クルスの海」は、柱状岩が波の侵食で東西200メートル、南北220メートル、高さ10メートルにわたって裂け、十文字に見えることからこう呼ばれています。
十字に割れた岩の外に、小さな岩場があり、合わせると「叶」の字に見えることから、ここで祈りをささげると「願いが叶う」といわれています。
ここを訪れた方の心を清め、願いや希望を天に託すため、その象徴として「願いが叶うクルスの鐘」を設置しました。
この二つの重なる曲線は、お互いの足りない部分や弱いところを補い合い、相手を思いやる姿を表現し、上に向かい細くなる形は我々の願いが天に向かう意味を表し、鐘は全ての願いと希望を象徴しています。(日向市のホームページより)
クルスというのは英語でクロス(十文字、十字架)の意味だったのですね。自然が作った十文字は偶然とはいえ、みごとです。願い事をしたのですが、なんだったか忘れてしまいました。
それにしても、宮崎県には日本一がたくさんあることに気付きました。すごおい事です。
2010年4月8日(木)
宮崎県ホテル神州出発9:24(0km)、途中天翔大橋撮影、海の駅ほそしま着10:50(66.7km)
天翔大橋↓ 海の駅ほそしま↓
写真をクリックすると拡大します
天翔大橋はアーチ支間260m、橋長463.2mでコンクリートのアーチ橋としては日本一長い橋だそうです。一級河川五ヶ瀬川の水面から橋面までの高さも143mあり、これも日本一の高さとのこと。
強い風を利用して風力発電システムが設置してあり、その電力は歩道の照明に使われているというステキな橋です。
龍天橋、青雲橋とともに「日之影町日本一三大アーチ橋」となっているのだそうですが、知らなかったので、見に行きませんでした。残念。次回はきっと行こうと思いますぅ。
海の駅ほそしまを出発11:05日向岬・馬ケ背着11:15(71.1km)。
高さ日本一の柱状節理、「馬ヶ背」
写真をクリックすると拡大します
宮崎県日向市(ひゅうがし) 日向岬の柱状岩
細島の岬一帯を中心に柱状節理が南北20km、高さ30~70mで広がり、日本最大級の規模を誇ります。
形状は変化に富み、数々の岩種が見られますが、なかでも圧巻は日向灘の荒波で削り取られた4つの切れ込みのうちの、 先端から2番めにある、「馬ヶ背」の断崖絶壁です。
奥行き200m、幅10mの海水路の両側にそびえ立つ高さ70mの柱状節理が作り出す景色は、息を呑むものがあります。(宮崎あっちこっちより抜粋)
本当でした。柱状節理もみごとでしたが、落っこちそうで怖かったです。高さ日本一なんですから当然ですね。
馬が背の近くにクルスの海があると書いてあったので行って見ました。
馬が背出発12:20、クルスの海到着12:24。
クルスの海看板↓ クルスの海↓ 願いがかなう鐘↓
写真をクリックすると拡大します
クルスの海」は、柱状岩が波の侵食で東西200メートル、南北220メートル、高さ10メートルにわたって裂け、十文字に見えることからこう呼ばれています。
十字に割れた岩の外に、小さな岩場があり、合わせると「叶」の字に見えることから、ここで祈りをささげると「願いが叶う」といわれています。
ここを訪れた方の心を清め、願いや希望を天に託すため、その象徴として「願いが叶うクルスの鐘」を設置しました。
この二つの重なる曲線は、お互いの足りない部分や弱いところを補い合い、相手を思いやる姿を表現し、上に向かい細くなる形は我々の願いが天に向かう意味を表し、鐘は全ての願いと希望を象徴しています。(日向市のホームページより)
クルスというのは英語でクロス(十文字、十字架)の意味だったのですね。自然が作った十文字は偶然とはいえ、みごとです。願い事をしたのですが、なんだったか忘れてしまいました。
それにしても、宮崎県には日本一がたくさんあることに気付きました。すごおい事です。
天の岩戸神社の神話
2010年4月7日(水)高千穂神発15:00、天岩戸神社着15:14(66.7km)。
天岩戸神社(西宮) 神楽殿
写真をクリックすると拡大します。
天岩戸神社には東西2つの神社があり、東宮は「天照大神(あまてらすおおみかみ」・西宮は「天岩屋(あまのいわや)」を祭り、それぞれ社殿があります。
主祭神 天照大神(あまてらすおおみかみ)=おおひるめの尊
合祀神 手力男命 天細女命 外5神
「あまのいわと」は天岩戸又は天磐戸と書かれたり、呼び方も天岩戸・天岩屋・天岩屋戸等と称されています。
天岩戸(あまのいわと)神社西宮
古事記・日本書紀及び伝承では、
日の神様「天照大神(あまてらすおおみかみ)」が弟君「須佐之男命(すさのおのみこと)」のいたずらにお怒りになり、「天岩戸」にお隠れになってしまわれます。
「天照大神」が岩屋戸(洞窟)に隠れられると天界・地上界は真っ暗闇となり、多くの疫病・災いが発生し沢山の悪霊が出て神々は大変困ってしまいます。
八百萬(やおよろず)の神々は集まって相談をし、岩屋戸の前に榊の木をたて勾玉や鏡を取付て、「天細女命(あまのうずめのみこと)」がみだらな格好をしておもしろおかしく踊ります。これを見た神々は大声で笑います。
不思議に思った天照大神が顔を覗かせたところ、「手力男の命(たじからおのみこと)」が岩戸を押し開いて連れ出します。
岩屋戸には注連縄を張って封印し、入り口を塞いでいた岩の戸を「手力男の命」が投げ飛ばします。漸く天界と地上界は元のように明るくなりました。
この時投げられた岩戸は長野県戸隠に落ちた。と伝えられています。
(グルネット宮崎より抜粋)
天岩戸神社(西本宮)鳥居前にある手力雄命(タヂカラオノミコト)の像

写真をくりっくすると拡大します
いやー、天照大神の神話のことはすっかり忘れていました。天照大神が岩屋に隠れて真っ暗になり、タヂカラオノミコトが引っ張り出したことは覚えていたのですが、どうして岩屋に隠れたのかが思い出せなかったのです。
原因は弟のスサノオノミコトの悪行だったのですね。どこの家にもこういう人はいるもので、神様の世界も同じなのは面白いです。神様とはやはり人間の創造によるものなのでしょう。
天の岩戸神社発16:08。国見が丘着16:32(79.1km)。
国見が丘は雲海で有名ですが、今回は雲海は無く、かといって景色はぼんやり。釈迦の寝姿はぼんやり見えましたが、写真にはよく映りませんでした。
神都高千穂大橋着17:02(82.6km)。

遠くから見えた橋が素敵だったので降りて見ましたが、橋に立ってしまっては橋はみえません。当然ですが。
神都高千穂大橋発17:20。
ホテル神州着17:25(本日走行距離 84.4km){初日からの走行距離 1454.8km}。
神楽は前回見たので、今回は省略。年のせいか、夕食後外出するのはおっくうでした。
2010年4月7日(水)高千穂神発15:00、天岩戸神社着15:14(66.7km)。
天岩戸神社(西宮) 神楽殿
写真をクリックすると拡大します。
天岩戸神社には東西2つの神社があり、東宮は「天照大神(あまてらすおおみかみ」・西宮は「天岩屋(あまのいわや)」を祭り、それぞれ社殿があります。
主祭神 天照大神(あまてらすおおみかみ)=おおひるめの尊
合祀神 手力男命 天細女命 外5神
「あまのいわと」は天岩戸又は天磐戸と書かれたり、呼び方も天岩戸・天岩屋・天岩屋戸等と称されています。
天岩戸(あまのいわと)神社西宮
古事記・日本書紀及び伝承では、
日の神様「天照大神(あまてらすおおみかみ)」が弟君「須佐之男命(すさのおのみこと)」のいたずらにお怒りになり、「天岩戸」にお隠れになってしまわれます。
「天照大神」が岩屋戸(洞窟)に隠れられると天界・地上界は真っ暗闇となり、多くの疫病・災いが発生し沢山の悪霊が出て神々は大変困ってしまいます。
八百萬(やおよろず)の神々は集まって相談をし、岩屋戸の前に榊の木をたて勾玉や鏡を取付て、「天細女命(あまのうずめのみこと)」がみだらな格好をしておもしろおかしく踊ります。これを見た神々は大声で笑います。
不思議に思った天照大神が顔を覗かせたところ、「手力男の命(たじからおのみこと)」が岩戸を押し開いて連れ出します。
岩屋戸には注連縄を張って封印し、入り口を塞いでいた岩の戸を「手力男の命」が投げ飛ばします。漸く天界と地上界は元のように明るくなりました。
この時投げられた岩戸は長野県戸隠に落ちた。と伝えられています。
(グルネット宮崎より抜粋)
天岩戸神社(西本宮)鳥居前にある手力雄命(タヂカラオノミコト)の像
写真をくりっくすると拡大します
いやー、天照大神の神話のことはすっかり忘れていました。天照大神が岩屋に隠れて真っ暗になり、タヂカラオノミコトが引っ張り出したことは覚えていたのですが、どうして岩屋に隠れたのかが思い出せなかったのです。
原因は弟のスサノオノミコトの悪行だったのですね。どこの家にもこういう人はいるもので、神様の世界も同じなのは面白いです。神様とはやはり人間の創造によるものなのでしょう。
天の岩戸神社発16:08。国見が丘着16:32(79.1km)。
国見が丘は雲海で有名ですが、今回は雲海は無く、かといって景色はぼんやり。釈迦の寝姿はぼんやり見えましたが、写真にはよく映りませんでした。
神都高千穂大橋着17:02(82.6km)。
遠くから見えた橋が素敵だったので降りて見ましたが、橋に立ってしまっては橋はみえません。当然ですが。
神都高千穂大橋発17:20。
ホテル神州着17:25(本日走行距離 84.4km){初日からの走行距離 1454.8km}。
神楽は前回見たので、今回は省略。年のせいか、夕食後外出するのはおっくうでした。